難聴の原因として最も可能性が高いのが遺伝子の関与する難聴です。
当院では、難聴に対する原因検索のため2024年4月から遺伝性難聴(主に遅発性難聴患者が対象)の遺伝子検査を開始しました。
コスト等の関係上、医師が必要と判断した方にのみご提案させて頂きます。

遺伝子とは?

 遺伝子とは体をつくる設計図です。父親と母親から受け継がれた遺伝子(設計図)に基づき、タンパク質がつくられ人体の体を作り上げます。ヒトの遺伝子の種類は約2万種類と言われており、誰しも2万種類のうちいくつかの遺伝子の構造に違いを持っています。その構造の違いの多くは病気や健康状態と関係ない変化ですが、その違いが病気の発症や健康状態に関連している場合があります。

難聴の原因遺伝子

 遺伝子に基づきタンパク質が作られますが、耳を構成する細胞・組織もタンパク質で構成されます。タンパク質の設計図である遺伝子に異常がある場合、その細胞・組織の機能低下し難聴を来すと言われております。
 下の図ですが、音を電気信号に変え聴神経へ伝える役目をしている蝸牛の断面図です。蝸牛は多くの種類の細胞から成り立っており、それぞれが異なる働きをしています。左上にTectorial membraneと記載のある組織がありますが、これは蓋膜と呼ばれる組織で、音を電気信号に変えるときにとても重要な役目を果たします。Tectorial membrane(蓋膜)の下に記載されているのが蓋膜の形成に関わる組織とその遺伝子です。その中にTECTAという遺伝子があります。TECTA遺伝子が変異し蓋膜の構造が変化すると難聴が発症します。TECTA遺伝子変異による難聴は指定難病(若年発症型両側性感音難聴)になっておりますが、この難聴は軽度から中等度難聴の事が多く、人工内耳が必要になるような高度難聴まで進行する例は少ないと言われております。一方、GJB2遺伝子変異がある場合は、先天性高度~重度難聴を起こす事が知られており、重度難聴の場合は早期に人工内耳埋め込み術を行う必要があります。このように一口に遺伝性難聴と言っても変異する遺伝子により症状や経過が様々です。
 遺伝子診断を行うことで原因遺伝子が明らかになると、耳(特に内耳)のどの細胞の働きが悪くなっているかが分かります。

Laryngoscope Investig Oto, Volume: 6, Issue: 5, Pages: 958-967, First published: 10 August 2021, DOI: (10.1002/lio2.633)

遺伝子の関与

 先天性難聴(生まれつきの難聴)は、1000人に1人に認める頻度の高い疾患の一つです。その先天性難聴の原因の少なくとも60%は遺伝子が関与していると推測されております。また、あとから難聴が進行していく(遅発性難聴)ケースでも遺伝子が関与することが明らかになっております。
 信州大学で日本人10047人を対象に、過去に難聴の原因として報告のある63遺伝子の解析を実施したところ、約40%に原因となる遺伝子変異が見つかりました。

遅発性難聴

 遺伝性難聴の中には、あとから難聴が進行していく(遅発性難聴)ものがあると前述しましたが、先の信州大学の研究報告では6歳以降に発症した難聴患者さんの中に約20~30%に原因遺伝子が同定されました。先天性難聴と同様に、今後の研究の進展により新たな原因が明らかになると思います。

 遅発性難聴の代表的な疾患に指定難病「若年発症型両側性感音難聴」がありますが、診断には40歳未満の発症両側性に加え、原因遺伝子(11遺伝子)の遺伝子変異の同定が必要です。遺伝子検査は着々と一般的になってきています。

当院で行う遺伝子検査について

 当院は現在小児難聴診療を行っておりませんので、遺伝子検査は原則18歳以上とさせて頂きます。そのため、保険診療で行う検査は若年発症型両側性感音難聴の診断がメインとなります。若年発症型両側性感音難聴は指定難病となるため、聴力レベルが高度難聴以上であれば難病申請が可能です。

 また、当院は信州大学と共同研究を行っており、保険診療で発見することのできない遺伝子も多数検索することができます。ご希望の場合、パンフレットや動画を用いて、説明いたします。

検査について

検査流れ

  1. 耳鼻科外来

    まずは耳鼻科外来をご予約下さい。そこで簡単な問診と聴力検査を行います。そこで遺伝性難聴が疑われた場合、遺伝性難聴検査について簡単にお話します。

  2. 詳細な問診・説明

    遺伝性難聴検査に興味があれば、言語聴覚士や看護師から詳細な問診をとらせて頂きます。特に持病や家族歴を詳細にお聞きいたします。
    詳細な問診の後、医師から検査のメリット、デメリットをお話しさせて頂きます。

  3. 精密検査

    側頭骨CTや内耳MRI、平衡機能検査なと追加の検査を行う場合があります。

  4. 遺伝子検査

    遺伝子検査は静脈血採血を行います。原則ご本人のみですが、場合により家族の採血を勧めることもあります。

  5. 結果説明・遺伝カウンセリング

    原則本人のみに結果を説明します。遺伝カウンセリングのため臨床遺伝専門医(茨城県立中央病院)へご紹介する場合もあります。

費用

健康保険の適応となります。

検査を希望する前に知っておきたい事

 遺伝子検査は、採血のみで簡単に行えますが、「遺伝情報」というものは非常にセンシティブです。 自分の将来だけでなく子供、孫の将来にも関わる可能性もあります。また、遺伝子検査は未知の部分もあり、結果が正確に白黒出るわけではなく、グレーな判断で終わる事もあります。検査を受ける前にしっかりとメリット・デメリットを把握し、慎重な判断が必要です。

メリット

  1. 難聴の正確な診断がつく(原因が明らかになる)
  2. 今後、難聴が悪化するかが予測できる
  3. めまいや糖尿病、その他の病気の発症が予測できることがある
  4. 人工内耳手術を行うかなど治療法の選択の参考になる
  5. 遺伝カウンセリング(次世代へどう引き継がれかなど)に役立つ情報が得られる

遺伝子検査はまだまだ発展途上の検査です。どんな手法を用いても今の技術では解析困難な領域も存在します。遺伝子検査の結果、原因となる遺伝子変異(バリアント)が見つからなかった場合でも、遺伝子が原因となっている場合があります。また、原因が明らかになった場合でも、正確な経過を予測することは困難です。

デメリット

  1. 採血は通常の採血と同じで、身体的な危険性はほとんどないが、採血に伴う疼痛、採血後に内出血や痛みなどが生じる可能性がある
  2. 検査結果を知ることで、本人や親族が心理的な負担を感じる可能性がある
  3. 就職、結婚、保険への加入などにおいて社会的差別を受ける可能性がある

遺伝子検査の結果は原則本人のみにしか説明しません。